人は確乎不動のよりどころに根差さなければ、身心のやすらぎを得ることができないまま、毀誉褒貶の渦まきに流されて、死生に煩いながら自分はもとより、他人に対しても貪瞋による汚染をくりかえし、ついに水火の二河に堕する外ありません。
しかるに、わが大師宗祖法然上人は、大悲願王阿弥陀如来の本願、釈迦牟尼如来の出世の本懐、六方恒沙諸佛の証誠たる選択本願念仏を明らかにし、「源空はすでに得たる心地にて念仏は申なり」と称名念仏の一行に徹して、往生極楽に決定の確信を得られると共に、「死生ともにわづらいなし」との心境に達せられました。
私たち吉水の流れを汲む教師は、こぞって大師のこの尊い行実を、信行策励の範と仰いで、自行に一層精進して大師の慈恩に添えたてまつり、その弘通については、常に宗祖大師の真精神にたち還り、その時代の諸問題に確固たる解答をよせて、領受開顕の実をあげられた列祖上人、特に第七祖了誉上人、第八祖酉誉上人の行実を見習うべきであります。
おもうに、外にはわが国に課せられた国際社会における重責、内には主義思想の百花斉放する現状を熟思し、自行によって三業を調え、化他にあたっては念佛往生の筋道をしかとわきまえ、心得た上で行うべきであります。
とくに異解異行の人による折伏を断ち截るすべもなく敗退したり、あるいは、懐疑・未信の人たちに対して、道理をつくして納得させることができないのでは、自信教人信の実をあげることは到底不可能なわけであります。「念仏往生の旨をしらざらん程は、これを学ぶべし」との大師のおことばは、自行化他をとおしての教示であると受けとめ、二十一世紀を荷負う人たちの心中に、宗祖大師のみ心、阿弥陀如来の本願の聖意を下種することに、最大の努力を傾注いたして、吉水の法燈のいよいよの隆昌に資したいと存ずる次第であります。

平成元年4月1日
浄土門主　明誉實應