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教諭
平成7年4月1日 心誉康隆
亥年の春、突如として襲った兵庫県南部地震の激甚災害で、一瞬にしてその貴い生命を喪われた五千数百の方々の御冥福をひたすら祈念し、併せて罹災された数十万の方々の一日も早い立ち直りを心から切に念じ上げます。そして、この災害を転じて地震国日本をより安住できる地、いわば安楽国に造り変える努力を、官民あげて猪突猛進することこそが国民一同に課せられた使命であることを、自覚せねばならぬと存じます。それこそ、宗祖大師の訓された唯一の選択の道に外なりません。仏教の説く「浄仏国土成就衆生」のみ教えは、正しく浄土教の「欣求浄土」の願行に集約されております。どのような困難にもめげぬ、安楽国・極楽への到達、荘厳浄土の現成への歩みこそ、宗祖の「選択本願念仏」の当態だったのです。それを宗祖は善導大師の「二河白道」の喩えから学び取られました。
苦難に満ちた人生の暗夜行路。根本煩悩たる無明(生命の実相に明らかでないこと)の黒雲の下、五塵六欲の悪人悪獣に駆り立てられ、様々な邪魔外道の甘言に誑(だぶら)かされて、飽くなき貪欲の荒れ狂う激浪に溺れ、激しい瞋恚(しんい)の燃えさかる。炎熱に燃かれ、遂に生死輪廻の巷に沈淪してやまぬ。この娑婆の苦難な人生行路を、ともすれば踏み迷い勝ちな怪しげな小路にも、とかく現(うつつ)を抜かしかねないきらびやかな歓楽の巷にも迷うことなく、唯一筋に我らが真の生命の親里・魂の故郷である極楽浄土を目指す親里帰りの念仏行脚の大道・凡ての人の歩むべき大道にと変えて、この身の生命の大御親なる阿弥陀仏の一切を生かす無量寿と一切を育む無量光との本願業力・救済のみ力を信じ仰いで、そのみ救いの本願の念仏を、一念一念一息一息一歩一歩、生きゆく上の心の杖柱として生命綱として、常にみ仏のお護りお導きを願って確りと生き抜くことこそが、実に宗祖上人の説かれこの人生の唯一の選択の道だったのです。
苦渋に満ちたこの人生。超え難い山坂、険しい茨の道、石ころだらけの荒野、切り立った深い谷間、雨の日も、風の日も、時には思わぬ陥し穴さえもあります。けれども、いかなる場合にもたじろぐことなく、み仏のみ手に縋って極楽目指して生き抜くことこそが、選択しなければなりますまい。
今春、小衲は「老懶(ろうらん)の足弱けれどみ仏のみ手に縋りて今日も道往く」と詠み、日々夜々我と我が身を「目覚めよ!日は昇らん。怠るな!日は沈まん」と鞭打っております。それこそが至らぬ乍らも我に許された欣求浄土の生き様と申せましょう。宗教の時代と待望される廿一世紀も間近かです。どうぞ、どんな困難にも頽(くずお)れることなく、いつも選択本願念仏の歩みを、凡ての人と手を携え合って、一蓮托生・倶会一處・共生極楽の念願を堅持して、確かりと歩み続けてくださいませ。
至念至念。
平成7年4月1日
浄土門主 心誉康隆
合掌和南