古（いにし）え、釈尊はインドに出でて阿弥陀仏の本願を説き念仏を奨めたまえり。また善導大師は中国随時代に生れ、釈尊の心意を承けて純正浄土教を弘宣せらる。わが宗祖法然上人は、その法を相承して、乱世に適う選択本願念仏の教えを立てられたり。三国の三師、拳って心根を傾けたまいしは、いずれもみな、われらの末法濁悪の苦しみに悩む凡夫救済のためなりというべし。
顧みれば、上人わが浄土宗開闡（かいせん）したまいしより、ここに星霜八百の春秋を閲す。われら何の幸いぞ、遇い難き仏法の中にも優れたる吉水の法門にめぐりあいて、その流れを汲む。
しかりといえども、今や世界は核の脅威にさらされ、人類存亡の危機に立つ。国の内外を問わずして、自然の破壊、生命の軽視、環境の悪化、非行の頻発、道義の頽廃等により、人心の荒廃まさに忍土の域を越えたりというも可なるべし、しかも、一方においては、干戈を避け平和を求め、魂の浄化を熱望をする良識の声も法城周辺にしきりなり。われら能化たるもの、なんぞ徒らに拱手傍観を事とするに忍びんや。
幸いにして、上人の諸徳慶讃の法儀は、各山においてすでに行じ、現に修し、まさに営まんとするの盛況なり。すべからく、これを機縁とし、これを出発点として、われら宗侶はいよいよ宗祖列祖諸上人の意を体し、ますます高く自信教人信の光を掲ぐべき秋（とき）なり。
すなわち、今こそ宗祖の遺訓に徹して、有縁のためには身命財を捨てても偏えに浄土の法を説き、自らの往生のためには諸々の囂塵を離れて専ら念仏を修すべきにあらずや。道は近きにあり。各々脚下を照顧して専修念仏の一行、もって同入和合海の実現を期し、一切衆生と共に安楽国に往生せんことを願い、日常、天下和順、兵戈無用ならんことを回向すべし。
念仏の同朋、すべからく、宗祖立教開宗の原点に立ち戻り、各々の分に応じて己れの職務に努め、「今」を失いて悔いを千載に残すことなかれ。

昭和59年4月1日
浄土門主　明誉實應