上人は故郷の出立に、母に「速やかに一乗を学ぶべし」と語っている。一乗といえば法華一乗といわれるくらいに、《法華経》の第二章「方便品」にとかれている言葉で、普通、《法華経》の教え、乃至、これを受けた天台宗の教義を意味している。
皇円のもとで、「先ず六十巻……三大部」を勉強されたという。それは天台大師の著作である《法華経》の教義を述べた法華三大部、即ち『妙法蓮華経文句』、『法華玄義』『摩訶止観』各十巻、と、湛然の注釈各十巻、総計六十巻からなる書物のことでもある。天台宗の基礎ともなっているこの「六十巻」を三年で修学された。この後さらなる学業を慫慂されるが、四囲に名利の学問の多い事情を厭い、どちらかというと叡山では本流の外にある黒谷の叡空上人の庵に移り(十八歳)、法然房源空となるのである。
さて、それでは、その一乗といい、《法華経》を法然上人はどう受けとめたのかということであるが、それは大きく法然上人の御指導の随所に、うかがうことができるのである。法然上人が法華三大部を修学されたその基になった《法華経》はどういう経かを学習する必要があるのではなかろうか。三大部はとても大部で精密複雑に構成された天台大師の緻密な教理構成であるから、これをさておいても、《法華経》を、さらに、要約するなら、その第二章の「方便品」を読む必要がある。これは《法華経》の最初の基礎の部分といわれるからであり、その後に第二乃至第七章までも、その方便の趣旨を踏まえた譬喩を中心としていることによっても、《法華経》は「方便品」に重点をおいていることが分かる。法然上人の後々の御法語など拝すると、趣旨が「方便品」の内容と同じものがあることに気づく。一乗はこの品に出る言葉である。そこで「方便品」を考えることは法然上人の心の軌跡を追体験することになる。
今、長く説明する紙面もないので、「方便品」の内容を図示することとする。
○「方便品」
(一)仏教の教え 諸法実相を諦観する
(二)一乗(=一大仏乗=全一仏教の意味、《法華経》だけ、菩薩だけという狭い意味ではない)
(三)三乗(但し、濁世の人々のために色々分けて説く、方便で二、三乗と説かれる
から、以下のように無数の方法がある、言うなれば、多乗とも言える。
多乗の教え−「方便品」の終わりに様々なありようと教理の実践での成仏。
以下の例の万人万様の(多)仏教(乗)の学習・実践(方便)で成仏)
例� ]仕戮亮汰�で成仏。
例�◆‘源劼�砂で仏塔を作り成仏。
例�� 仏像建立、仏像の彩画で成仏。
例�ぁ‘源卍泙琶�像を画き成仏。
例�ァ_山擴留瓦廼〕棔�一小音でも成仏
例�Α^貪戮竜鷦蠅筝羲�儀で画像に礼拝しても自ずから成仏。
例�А〇桐陲靴真瓦任皸貪抛醋喫�と称えると、成仏。
(善導大師『観無量寿経疏』「玄義分」引用)
(結論) 「諸仏の法はこのように万億の方便を以て宜しきにしたがって法を説く」
(平成11年度 浄土宗布教・教化指針より)