第一章

『選択集』に説かれた本願

一、本願の語義

 『選択集』は<浄土三部経>の要点を解説して浄土宗の本義を開顕された書であって、本願が説かれている『無量寿経』については、第三章から第六章にわたって述べられている。いま法然上人が受け止められた本願思想を考察する前に、まず本願の語義を明らかにしておきたい。

 本願の原語は、サンスクリット語では、purva-pranidhanaとあり、その意味は<昔の誓願>あるいは<過去世の誓願>ということで、仏が過去世において未だ菩薩として修行中におこされた誓願のことである。『無量寿経』の場合は、阿弥陀仏が未だ成仏以前に法蔵菩薩であったときにおこされた誓願を意味し、根本の誓願という意味ではない。したがって本願は過去から現在にかけての願いであるのに対して、単に誓願という場合は、現在から未来に向けての願いであるところに違いがある。たとえば阿含部の経典には、今度、生まれかわってきたときは富貴の家に生まれたい、王家に生まれたい、辺地に生まれたくない、三悪趣に堕ちたくないなど、みな現在から未来へかけての願いであり、大乗経典でも般若経類でも最も早い成立と考えられている<八千頌般若経>では、菩薩は猛獣のいない、盗賊のいない、水を得られる、飢饉のない、病気のない仏国土たらしめたいと五願が説かれるのも、現在から未来へかけての誓願である。これに対して本願は、過去世の誓願が今成就されて、その時の菩薩は成仏されて、今現在説法されているというところに大きな違いがある。

(平成8年度 浄土宗布教・教化指針より)