(B)五比丘(出家)者への仏教−解脱の仏教

 さて、釈尊は説法の決意をされ鹿野苑に向かわれ、王城出家以来、給仕していた五人の家来の出家者たちに初めて説法された。初転法輪である。そこでは次のような主として出家者、比丘に対する説法がなされた。

  ①離辺処中 中道

  ②八正道(見・業・語・行・命・方便・念・定)

  ③四諦(四つの真理)

   1、苦諦 苦しみのこの世

   2、集諦 原因は集(煩悩)から

   3、滅諦 自己中心の煩悩は滅しよう

   4、道諦 煩悩を越える道を生涯かけて歩もう

  ④阿湿卑比丘 布施・持戒・上天

  ⑤漸漸教訓後 無我(縁起-共生きを知り実践する)無常

 ここで注目すべきは、出家者に対しても、④のような上天の信仰が説かれていることである。出家者本来なら、この世での覚り、解脱が目的であるはずなのである。しかし、出家者も同じく後世上天、往生が本音であろう、ことを前後の矛盾も気が付きながら、あわせて説いているのである。それは、仏教以前のインドの聖者婆羅門においてもそうである。

 また、『法句経』というお経は、『初転法輪経』に劣らず古期の仏教を伝えている。ここにも、同様に、解脱と上天後世とが、併記されている。各句の講話もなされて親しまれているが、各句連続しての講話がないので、次のこと、来世のことが、あまり関心を持たれていない。( )は『法句経』の偈番号である。

  善行の法を行うべし。法に従って行う人は、この世においてもかの世に於いても安楽

 に臥す(一六八)(一六九)

  この世は暗黒なり。−−網を逃れし鳥の如く、天に上るものは少なし(一七四)

  唯一法を犯し、妄語を吐き、来世を信ぜざる人は悪としてなさざるなし(一七六)

 貪欲の人は天界に赴かず、愚者は決して施与を称揚せず。賢者は施与を随喜し、之に

 より来世に於いて安楽なり(一七七)

  地上における王権よりも、或いは天界に赴くよりも、一切世間の主権よりも預流果(聖

 道の第一歩)は勝れたり(一七八)

 この一連の句の流れの中に、来世を信じ、そのための善業、施与をなせば、必ず来世の幸福が得られる、と繰り返し説法する。ただし、(一七八)のように聖道、解脱への道の優位は述べている。

 仏教はこのように複雑な、はっきり言えば解脱と生天との二面的な方向が当初からあったのである。なぜ、いわば矛盾したことがあるのに、指摘がなかったのであろうか。ある有名な学者は、無我を説く仏教がこのような輪廻のような来世を説くはずがない、と書いておられるが、しかし事実は事実で、古来より今に至るまで、解脱と来世信仰は併存している。矛盾を矛盾と言わないのは諦法の罪になるのか、伝統への批判は禁句のようで、また、それが教団を支えた点もある。諦法の罪は教団追放の最重罪となっている。しかし、現世解脱と来世往生の二者は矛盾は矛盾である。

 法然上人は勇気をもって、そこに来世往生の選択を指摘されたのである。はたして、旧教団からごうごうの非難と中傷が起こって、上人は法難を受けられた。このように考えると、以上のような矛盾を含んでいたそれまでの伝統仏教は、法然上人の選択を待っていたと考えてよい。

  計みれば、それ速やかに生死を離れんと欲せば、二種の勝法の中には、且らく聖道門

 を閣きて、選んで浄土に入れ  (『選択集』第十六章)

 仏教は複雑で解脱と往生の双方を容認していることが多い。天台宗では朝題目、夕念仏といって、午前は『法華経』、午後は『阿弥陀経』を用いる。

 この現世・来世の思いの混在は人類の発生以来であろう、人の性かもしれない。

 さて、この説法でも前述の⑤の無我は遠慮がちに最後に説法されている。『般若波羅蜜多心経』は小さな仏教概説と言っているが、無我は説かれてはいない。同様の主旨と思われる。即ち無我は往生の信仰と矛盾するからではなかろうか。

(平成7年度 浄土宗布教・教化指針より)